「至誠天に通ず」は孟子の言葉として有名ですよね。

他にも、『孟子』には「志」「浩然の気」などのキーワードがでてきますが、学ぶことは多いです。

「至誠」という言葉は、四書五経の『中庸』にも登場しますし、儒教のキーワードの1つでもあります。

歴史上の人物で言うと、日本でも吉田松陰、西郷隆盛などの政治家や思想家だけでなく、渋沢栄一、五代友厚などの実業家も儒教を学んでいます。

偉大な先人の生き様を見ていくと「至誠天に通ず」という言葉が本当にぴったりだなと感じます。

これから自分が目指すビジネスの方向性を模索するために、「至誠天に通ず」をキーワードに考えてみることにしました。

孟子が言う「至誠天に通ず」

今年の春にようやく『孟子』を買って読みました。

福岡の天神にあるジュンク堂書店で岩波文庫の上下巻を購入しました。

漢文、書き下し文、現代語訳とあるので、ほぼ現代語訳を読む感じですけどね。

『孟子』を読んだ感想は、まっすぐな生き方をいろんな角度で説かれた本だということです。

◯「至誠天に通ず」

仕事の仕方においてちょうど悩んでいて、お金を稼ぐことと、正しい仕事の仕方の間で揺れているときだったので、とても励まされた思いがしました。

孟子によると、儒者は君子に仕えることで役割を果たすことができると言います。

そのために自分を売り込むことは当たり前の手段になります。

ただし、節操なくどんな君子にも仕えるかというと、そうではありません。

道に外れた君子に仕えることはせず、自分の生き方を貫くのが孟子の生き方で、最終的には天に身を委ねている生き方です。

それが孟子の言う「至誠天に通ず」であり、失敗を恐れない覚悟を持つことが、思い切ったチャレンジにつながると思いました。

◯浩然の気

孟子の代表的な言葉で「浩然の気」という言葉があります。

浩然の気を養うことが大事だと説かれています。

ビジネスマンとしてだけでなく、人間として成長したいと意識しながら読むと、浩然の気の意味がより深く入ってきました。

浩然の気とは何かというと

言葉ではなかなか説明しにくいが、この上もなく大きく、この上もなく強く、しかも、正しいもの。立派に育てていけば天地の間に充満するほどにもなる。それが浩然の気なのだ。

と『孟子』には書かれてあります。

そして、浩然の気は急いで養おうとしてはいけない、という話につながっていきます。

これは焦って結果を出そうとしてはいけない、という解釈をしました。

自分の中で知識や体験を積み上げていくことが、結局は実力を蓄える最短距離なのだということです。

自分が納得する生き方をするには、自分で答えを見つけるしかありません。

自分が目指す未来は自分でしか選べないからです。

そうなった時に、日常の仕事を通して、家族や友人とのやり取りを通して、何を感じていくかが大事だと思います。

周りに流されるのではなく、今までの自分の習慣に流されるのではなく、自分の足で歩いて行くことが浩然の気を養うことになるのではないかと思いました。

『孟子』

吉田松陰の生き様

吉田松陰は萩の松下村塾で『孟子』を教えたり、『陽明学』を教えていた思想家です。

松下村塾では、伊藤博文、木戸孝允、高杉晋作などの明治維新の時代を作った偉人が誕生しました。

吉田松陰が松下村塾で教えていた期間は、安政3年(1856年)8月から安政5年(1858年)12月までしかありません。

わずか2年余りの期間で、明治時代を支える偉人が育成されたという、幕末の奇跡とも言える塾です。

◯吉田松陰の誠

吉田松陰は学問として学ぶだけでなく、行動が伴わないと「誠」ではないと教えていました。

そして、自ら日本のために何ができるかを考えて、脱藩などの行動に移していきます。

その師匠の生き様を見て、伊藤博文、木戸孝允、高杉晋作などの維新志士と呼ばれる人々が奮起して、さらなる行動に移していきました。

吉田松陰が死罪となって牢獄に入れられた時のエピソードは感動モノです。

同じ牢獄に入っている人たちは、近いうちに死刑が執行される罪人でした。

人生に絶望し、なんの希望も持てるはずもありません。

ただ死を待つだけの人々ですから。

でも、吉田松陰はその牢獄の中で『孟子』などの学問を熱心に教えました。

人として生きるとはどういうことか、どう生きるべきなのか。

そういうことを熱っぽく語っている姿に、牢獄の罪人たちも改心して、目が活き活きしてきたそうです。

先々の結果をあまり気にすることなく、今に全力に生きることが、吉田松陰の言う「至誠天に通ず」だったのではないでしょうか。

『留魂録』

その他の歴史上の人物も儒教の影響を受けた

儒教によって生き方の軸を定めた偉人で忘れてはならないのは、渋沢栄一です。

渋沢栄一は明治時代のビジネスマンで、日本で初めて銀行を設立するなど、500以上の会社を設立し、ピーター・ドラッカーがもっとも尊敬すると言っている人物です。

江戸時代までは、儒教は武士のための学問とされていました。

そして、商人はただお金を稼ぐ存在として、最も身分が低い存在でした。

『お金を稼ぐ=悪』という、多くの日本人がなんとなく感じてしまう構図は、江戸時代に遡るのかもしれません。

そんな商人こそ儒教を学び、生き方を学ぶことが大事だと主張したのが、渋沢栄一です。

生き方を学ぶことが、本当の利益につながると主張しています。

渋沢栄一もただ勉強しただけではなく、実践の人でした。

「至誠天に通ず」をビジネスの世界で実践したのが、渋沢栄一だと思います。

だからこそ実際に500以上の会社を設立し、明治の日本を発展させるため、明治維新の産業を作る使命に奔走しました。

ビジネスの世界と儒教の学びを融合させたのが、渋沢栄一の偉人たる所以だと思います。

『論語と算盤』

私にとっての「至誠天に通ず」

行動が伴っていて初めて、学ぶ価値があるということを、過去の偉人が身をもって示してくれています。

「至誠天に通ず」という短い言葉だからこそ、解釈はいくらでもできると思います。

私は、自分の生き方を確立して、結果にとらわれることなく全力でやり抜くという迫力を感じました。

『孟子』のような中国古典を読むと、何らかのヒントが必ず得られます。

今読むのと、1年後、3年後、5年後に読むのでは、また気づきも変わるはずです。

ビジネスを通してよりよい社会を作るために、どこまでも学びと実践を積み上げていき、少しでも世の中に役に立つ自分でありたいと改めて思いました。